2006年11月15日

引き算

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“Filament”  Sachiko M(sinewaves) 大友良英(electronics)

極限まで音(旋律)を削ぎ落として、聴くに絶え得る、ダンスミュージックになり得るものがミニマル・テクノと呼ばれるものであるならば、自分が目指す「引き算の美学」はそこにはないのかも知れない。
そもそも楽器も弾けず、音楽理論の解らない自分にとっては引き算の対象になるものがない。ただ、0から少しずつ足し算をしているわけでもないし、うまくは説明できないけれども、自分の音楽には最低限の旋律も必要とするし、最低限の構成も必要とする。再現性はないけれども、インプロヴィゼーションではない。(といっても“優秀”なインプロヴァイザーは記憶を元に再現しちゃったりするらしい。インプロの意味がない。)
松原幸子の「誰の音でなく、私の奏でる音として」、「自己を存在させるための引き算」という感覚は、なんとなく理解できる気がする。
僕の場合、全く逆で「自己の存在を極限まで消去するための引き算」って考えたりするんだけれども、感覚的に似たようなものなのかも、と思った。
ただ、一体、自分が何をマイナスしたがっているのかは未だ不明。

投稿者 musika-nt : 22:00

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